ひとりも悪くはないもんだ。

この世に溶け込みたいと願いながらもひとり上手を極みつつあるブログ

私だけの親孝行論

去年は両親にたくさん迷惑をかけた。

何回ありがとうを伝えたかわからない。

 

でもこれが僕の親孝行の形なのかもしれない、と、最近感じています。

 

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2016年2月、勤めていた会社を退職しました。

付き合ってた人と県外で二人暮らしをするために。

 

 

籍は入れてません。

今のところその予定も未定。

 

ただ一緒に生きてみたいと思った人と暮らし始める。

 

一昔前だったら「駆け落ち」と揶揄されても仕方ないほどの理由だったので、会社の上司や先輩に辞める理由を報告するのには苦労しました。

 

会社でこの調子ですから親を説き伏せるのはさらに大変。

 

しかしここは私を育てた親。

息子がこんな人間だということは十分承知しているので、まあお前のことだから仕方ないかと、県外での同棲をなんとかスタートさせることができました。

 

 

許してくれてありがとう。

 

 

2016年最初となる、親への大きなありがとうの瞬間でした。

 

ありがとうの連鎖はこれを皮切りに続きます。

 

辛くも幕をあけることができた同棲生活。

この日のためにせっせと小金を貯め両親の説得をしてまで始めたものだから、思いもひとしお。

 

しかし再び大きな試練がやってくることに、、、

就職がなかなか決まらなかったのです。

 

当たりまえの話ですが、女の尻を追ってやってきたどこの馬の骨ともわからない県外者を企業が警戒しないはずがありません。

 

そんなこんなで生活していくだけの貯金が底をつきはじめ、情けないとは思いつつも出世払いということで親に借金を背負う始末をしでかしました。

 

 

迷惑かけてごめんな、ありがとう。

 

 

これが去年2回目となる、親への大きなありがとうの瞬間になりました。

 

 

そんな同棲の危機をやっとこさくぐり抜けてから半年。

秋も深まるその頃、生活もそれなりの安定を見せ始めていた時に、3度目のありがとうを伝える出来事を迎えることに。

 

ようやく就職できた職場を長時間労働で体を壊し辞めることになったのです。

 

ちょうど電○の話題が盛んだったこともあり親は余計心配したのでしょう。

実家から食料や日用品が大量に詰め込まれた仕送りが我が家に送られてきました。

 

 

心配してくれて本当にありがとう。

 

 

去年を締めくくる大きなありがとうの瞬間でした。

 

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去年をざっと振り返ってみましたが、30歳も目前にして親に迷惑をかけっぱなしでした、、、

 

親にありがとうを言わせることが親孝行なのに、親からありがとうと言われるようなことは何もやってこれなかった。

 

我ながら情けない話です。

  

たしかに、たしかに情けない話に変わりはないのですが、この時ふと思ったのです。

ありがとうって言われる方が人って嬉しいんじゃないのかな?と。

 

ありがとうを言われた時に感じる、

 

誰かの役に立ってることの嬉しさ。

自分の存在が認められてる手応え。

生きてる実感。

 

だけど、歳をとるとそういう場面も少なくなるものなのかもしれない。

体が老いてくると「ありがとう」を言う側に回ることが多くなるのかもな、と。

 

だから「ありがとう」を親に伝え続けることも悪くはないかなって。

老いてなお「ありがとう」を言うことこそ親孝行なのかもなって。 

つまり2016年に伝えた親へのありがとうは親孝行の形の一つなのかもしれないなって。

 

 

でも今年はもう少し“ソフト”な「ありがとう」を親に言い続けられる年にしたいなって思います。

やっぱり限度ってもんはありますからね、、、おとんおかんすまん、、

 

2017年の抱負、以上です。